人形
「何故だ。何故開いていない?あのやろう逃げやがったな・・・・」
叔父は怒ったようにシャッターを蹴った。
「あれ?あんた達そこに用があんの?」
振り返ると、派手な色の服を着た若い男が声をかけてきた。
「えぇ、それが何か?」
「そこのオヤジなら、中に勝手に入れる場所があるんだ。付いて来なよ。」
若い男達はするするっと細い路地を抜け、青い屋根の下まで連れて行ってくれた。
「俺達ここでいつも働いてるんだ。今日は定休日だから開いてないんだよ。」
「じゃぁな。おっさん。」
ニコニコと笑って去って行く彼らを見送りながら、暗い店内を覗いて、言いようもない恐怖に薫の背中は震えた。
「おい!このやろう!!いるなら返事しやがれ!!」
そろりそろりとゆっくり暗闇に目が慣れてくるまで二人は歩いた。
とその時、薫は足元のヌルヌルした感触に足を滑らした。
「わぁ!」
「大丈夫か?」
叔父が僕を抱きかかえて覗き込む。
「え?あぁ、大丈夫です。でも何だろこれ・・油でもなさそうだし・・これ・・血だ・・どこからか流れてきてる?」
どろどろと流れてくる血の川に少し放心しながら、血の流れているバスルームに向かって二人は歩き出した。中からは女の子の声がする。
「どこだ?アタシの心臓はどこにある?さぁっ答えろ!心臓はどこにある!!」
シャッ
ビクリと少女の肩が震えた。そこには、先程薫が出会った少女の姿があった。
「君はさっきの・・・・」
呆然と少女を見る中で、叔父は古美術商のオヤジに応急処置を施していた。
「次はおまえだ。覚悟しておけよ。」
少女の姿とは似つかわしくないドスの聞いた声でしゃべって夜の闇に消えた。
「おい。オヤジ!何なんだあの人形はっ、どこで手に入れたっ?」
叔父にガクガクと肩を揺すられているオヤジは、揺すられて今にも吐きそうな顔をしたがそれを必死に堪えて話した。
「あれはちゃんとした『人形』だよ・・・。購入ルートは話す事ができないが、
一つだけ確認したい事がある・・・はぁ、はぁ、あんたあの『人形』の傍で誰か怪我をしなかったか?血の出る様な。」
「いや、そんなことは・・・・・」
「ありましたよ。叔父上。姉上が階段上に『人形』を置く時に天井から下がってたフックに腕を引っかけて血を流して人形に付けた事が・・・そう、確かあの時は、血を拭こうとしてバスルームに行った時には、血の跡はなくて不思議に思ってたような・・・・気がする。」
薫は手をフヨフヨと空を探るように動かしながら、話した。
それを聞いたオヤジはうなだれるようにがっくりと肩を落として言った。
「あの『人形』はある夫婦の元で作られた人形らしい。だが、ある事件を境に人形から核となる鉛の心臓を生きている人間の中に封じ、アレ自身を完全ガラスケースの中に閉じ込めて封印した。まさかとは思うが、アレのケースは完全ガラスだろ?」
「いや。」
まさかな。というオヤジに対して叔父は、あっさりと自信たっぷりに言い放った。
「最初に売り渡す時に言わなかったか?完全ガラスのケースに入れろと言わなかったか?おい!あんた!一体何をするつもりなんだ!!」
全身血だらけにしながら、勢い良く立ち上がってオヤジは叫んだ。
しかし、血が足りないのかフラフラと倒れ込んだ。
「と、とにかく、救急車を呼びましょう。でないとこの人は死んでしまいますよ?って叔父上どこに行くんですか!」
「帰るんだよ。最近忙しくて寝れていないんだよ。分かるかね?君の様な自由奔放な学生とは違うんだよ。お前達のせいで台無しじゃないか。」
そういうと、持っていたステッキを振り回しながら、
店のシャッターを開けると何が台無しなのか不貞腐れた顔で帰っていった。
ーーーーーーーーーーーー
ザアアアアアァァァァ
「はぁ・・・・」
ーーーーーーーーあの後僕は、店の主人を救急隊に預けると歩いて屋敷に戻ってきた。近いとはいえ途中野犬が出ると噂されている叔父の家の庭を通り、所々に無惨に散らばった野犬の死骸を見て吐きながらたどり着き、今はバスルームで汗を流している。
キュッ
部屋着に着替えると薫はバスルームを出た。
カツンカツン
天井の高いホールに薫の足音が聞こえる。
「はぁ。何でこんな事になったんだろう?」
階段を上ったところの近くの部屋の扉が
ギィギィギィと不気味な音をたてて開いているのに彼は気づいた。
いつもはしまっているはずの部屋の重い扉が開いていて、不振に思って中に入った。
そこは何とも可愛らしい少女の部屋だった。が、誰かいる。
「ここは誰の部屋?」
天涯付きのベットの上に先程の少女が座っていた。
「君はさっきの・・・・」
「ここは誰の部屋?」
「え?あ?ここかい?僕の妹の部屋になるはずだったんだ。
あの子は僕と同じ病気で死んでしまったけど。何故そんなことを?」
一歩一歩僕は彼女の元に進んだ。この時僕は彼女を怖いと思わなかったんだ。
「アタシが生まれた場所に少し似ているから・・・・」
「・・・・・・・・」
二人で黙ったままベットの上に座り込んだ。少しの間、何もしゃべらなかったが、ふと何かに気付いたのか少女は薫を押し倒した。
「何故・・・何故、お前がアタシの心臓を持っている!!」
「えぇっ??」
店主によると彼女の核となる心臓は「鉛」で出来ているはずなのだ。
「そんなことを言われても・・・・・鉛の心臓でしょ・・・・?・・・ま、まさか!」
薫は少女から離れると隣にある自室へ駆け込んだ。
そして、部屋にある引き出しという引き出しを出してあさっていた。その様子を気に入ったのか熊のぬいぐるみをズルズルと引きづずって来た少女が見守っていた。
「あっ!あったぁぁ!!これだ。僕が七才の頃に受けた手術のレントゲン写真だ。確か、ある人の心臓を僕に移植した時に影が写ったんだ。」
薫は戸口に立っている少女に手招きすると、レントゲン写真を見せた。
「これ・・・君の心臓だろう?」
手荒く薫の手から写真を奪い取ると、体を震わせて笑った。
「あははははははははは。」
「?」
よく分からなかった。彼女は、数分の間笑っていたが、苦しくなったのか肩で息をしながら震えていた。
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