人形
ふと僕は、彼女に名前がない事に気がついた。
「ねぇ?君の名前は何?」
「アタシの名前?さぁ何だろう知らない。」
キョトンとした顔でこちらを向いた。そして、傍によると僕の体をぎゅっとつかんだ。
そして、顔を真っ赤にしながら言った。
「あの部屋にいてもいい?」
「そうだね。僕はいてもいいよ。叔父上は怒るかな。ただ、約束してね。もう人は殺さないで?」
体にくっついている少女を見下ろして薫は言った。
「頑張る・・・・・」
そう言うと大きな熊のぬいぐるみをズルズルと引きずりながら隣の部屋に歩いて行った。その姿は大きな熊のぬいぐるみで隠れて見えなかったが、多少照れているようだった。あまりにも歩くの遅いので、薫はぬいぐるみをひょいっと持つと少女と手をつないで部屋に入り、彼女がぬいぐるみを抱っこしてスヤスヤと眠る姿を眺めていた。
「名前か・・・・あの店主なら知っているかも知れないな。」
「ん・・・サト兄さま・・・・」
「サト兄?」
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それから数ヶ月が過ぎた。相変わらず叔父上は『人形』を避けて通ったし。
薫にも何も話さなくなった。が、ある日梅雨明けの暑い時間に『人形』が一人で部屋で遊んでいると叔父が入ってきた。
「お前はいつまでそうやっているつもりだ。あの子が居なければお前は生き続ける事は出来ないんだぞ!!。」
そう言い捨てると、出かけようとしている薫に声をかけた。
「いつまでアレをあの部屋に置いておくつもりだ。まったく、人の気も知らないで勝手な事をあいつがするからこんな事に・・・・・」
「?・・・あいつって誰ですか、叔父上?」
「あぁ?お前は何も知らなくていいんだよ。それよりお前はどこに行くんだ?」
「こないだの古美術商のお店です。ようやく退院できたそうなので、見舞いに。」
ニコニコと笑う薫に「はぁ。」と頭を抱えるようにため息をつくと叔父は書斎の方へと足を向けた。
「いってきます。」
「早めに帰って来い。」
「わかりました。」
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「ごめんくださぁい。」
古美術商に薫の声が響く。奥からこの間出会った若者達が出てきた。
「何?オヤジに用?」
「えぇ、今日退院だって聞いたからいらっしゃるかなっと。」
「あぁいるよ。右腕失ってしょげてるけど。ちゃんと生きてるよ。」
ニカッと笑うと気を使ってくれたのか、それぞれ少し離れた場所に移動してくれた。
「やぁ、元気かね?アレは元気か?」
「アレ?あぁ、『人形』の事ですか?元気ですよ。妹の部屋で元気に過ごしてます。」
「そうか。で、アレの詳しい話を聞きに来たんだろう?」
左手で文字を書いていたオヤジは、薫の方に体ごと向き直すと座るように言った。
「えぇ、あの子の名前と出生の秘密を。」
「話が長くなるがいいか?」
「かまいません。」
「そうか。それじゃぁ話そう・・・・」
奥のキッチンから冷たいお茶とお菓子を持ってきて話し始めた。
「・・・数年前、その地方で知られている奇人変人が生まれると言われた家の男が、ある美しい女性と結婚をした。その数年後には、父親そっくりの綺麗な男の子が生まれ、次に長女が生まれ、次男が生まれた、その3年後には男の子が生まれた。
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しかし、その男の子は、心臓に重い病を持って生まれた為にずっと病院で過ごしその後、里子に出されたが事故で死亡してしまった。長男が成人するまでは何の変哲もない幸せな家庭だったが、母親そっくりの女の子が生まれると事態は急変した。
父親は弟の研究に怯え、長男は飼っていた犬や猫を残忍な方法で殺すようになった。
長女と次男は、逃げる様に全寮制の学校に入学して出て行った。
女の子が、ある程度育ち物事の善し悪しが分かる時期になると、父親の弟は無理矢理次女を監禁し、法を犯してまでその子を生きる上でしなくてはならない事をしなくていい『人形』に作り替え、その彼女の心臓を鉛でコーティングし、十分の一の大きさまで縮め、どこかの子供の心臓に移植した。
数日後、明らかにおかしい夫の声で目覚めた夫人が、声にならない叫び声をあげた。
そして、その場に硬直して召使いの呼び鈴を鳴らしたが、誰もやってくることはなく、
変わりに異変に気がついた少女が大きな熊のぬいぐるみを引きずって現れた。
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「どうしたの?ママ?」
そこで見たモノは、兄が父親の上に馬乗りになり、
楽しそうに父親をめった刺しにしている様子だった。
母親の目覚めに気付いた兄は、ニタリと笑い母親の足に目をつけると、
傍に置いていた大きなのこぎりを取り出し勢いよく足を切り出した。
「!!!!」
声にならない言葉が部屋を覆い尽くす。
笑っている兄、苦しんでいる母、息も絶え絶えで悲しそうな父、
その場所で少女の中で今までのものが崩れ去り、死にかけた父の傍に行き、
父に刺さっているナイフをつかむと兄の目にナイフを投げた。
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数日後、訪ねても出てこない夫婦をおかしいと思った近所の人は、学校の寮に入っていた長女と次男を呼び寄せて硬く閉ざされた玄関の扉を村の全員で壊した。
「っっっっ!?」
血なまぐさい匂いが屋敷に漂っていた。
そこら中に使用人達の無惨な姿が転がっていた。
必死に吐きそうなのをこらえ、夫婦の寝室へ急いだ。皆足取りが重かった。
もしかしたら四人とも死んでいるかもしれないと思ったからだ。
「う、う、うぅう、うぅう。」
その時だった。
夫婦の寝室の前に長男の姿があった。
彼は舌を引き抜かれ、目は潰されていて血だらけだった。
もしかしたら・・・と村人は思った。
次男は兄の息絶え絶えの様子を見てその場に倒れた。
長女は心なしか少し笑っているようだった。
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