人形
「朝食の準備をしなくていいのかね?パラソルの準備は私がやっておくから、用意をしてきなさい。」
時計を見ながら執事は言った。
「あぁ!そうだった。それじゃぁ、パラソルの方はお願いしますっ。メイド長に言ってこなきゃ!!」
バタバタとカゴを持つと調理場の方へ駆け出していった。
「廊下を走るな。と言っているんですけどねぇ、まぁ今回は大目に見てあげますか。」
走り去っていくメイドの後ろ姿を見送りながら、歩き出した執事は笑うと彼女とは違う方向に歩き始めた。
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「いい天気ね。薫。」
「はい。おばさま。」
「あら、何度言ったら分かるの?お母様って言っていいのに。」
目の前にいる薫を見つめて言った。
「でも・・・・。」
「貴方を知り合いから引きとった時は、小ちゃくて今にも死にそうだったけど、メイド達を困らせるほど元気になったのは良い事なのよ?それに私は子供が産めないから貴方が可愛くて仕方が無いの。だから、血が繋がっていなくても、私は貴方のお母さんなのよ?意味、分かるかしら。」
最初は言い聞かせる様にしゃべっていたが、そのうち自問自答している目の前の女性を見て、キョトンとしていたが薫は少し嬉しい気がした。
病院ではいつも他の子達にからかわれていたし、お母さんがどんなものかも知らなかったが、何となく温かいものなんだという事は、病室で感じ取っていた。
「さぁ、お母様って呼んでみて?」
ずずいと目の前に顔が迫ってきたのにびっくりすると、薫は椅子から転げ落ちた。
「おやおや、薫様大丈夫ですか?奥様、日に当たり過ぎると良くないですよ。
今からパラソルを設置しますから待っていてください。」
「あらあら。加野は律儀ね。日の光なんてへっちゃらよ。」
「いいえ。よくありません!!」
加野と呼ばれた執事は、パラソルを一度下に置くと椅子を抱えて木の下に移動した。
「さぁ、奥様。ここで待っていてください。」
執事は、パラソルに興味を持っている薫を見るとその場をあとにして歩いた。
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ポン
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パラソルが音を立てて開いた。細かな刺繍が施された何とも優雅な品物だった。
蝶が舞い花が咲きほこったパラソルが、艶やかな花壇にさらに華やかにした。
「さぁ、奥様。椅子からお立ちになってここへどうぞ。」
立ち上がった女性が座っていた椅子を抱え上げると、彼女より先にテーブルの所まで行くと椅子を置き、手招いた。
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「奥様〜!!卵は半熟にしますか?」
厨房から元気な声が響く。そして、顔を真っ赤にして走ってくる者がいた。
「あらあら。どうしたの?そんなに走って。」
「もう先輩ったら人使いが荒いんだから。あ、奥様。返事聞いてこいって言われたもので走ってきました。」
息を切らして先輩メイドの悪口を言うと、にこっと笑って言った。
「そうね。半熟卵と野菜ジュースをちょうだい。それから、ホットケーキを薫にね。」
「はいっ、奥様。」
元気よく返事するとそのメイドは、来た時と同じくらいのスピードで厨房の方へ駆けていった。
「まったくメイド長は何をやっているんだ。しつけがまるでなってないじゃないか。」
執事はあきれ顔で頭を下げて謝った。しかし、彼女は笑いながら
「いいじゃない、あれくらい。自由で元気でいるメイドの方が私は好きよ。加野は気にし過ぎなのよ。」
「しかし・・・・・」
「加野?」
「わかりました。」
じいっと執事は彼女の言葉に身を一歩ひくと、お辞儀をした。
「あの・・・・」
「なぁに?薫。」
薫はそんな二人のやりとりを見ながら、大人の世界は大変なのかと思った。そして、遠くから頭を掻きながら笑いながらお腹がすいたなとも思ったが、こっちを歩いてくる人を指差しながら声をかけた。
「向こうに何がいるの???」
薫の指差した方向に女性は目を向けた。
「あらあら。」
手を口元に添えると、スカートを少しあげてその人の方へ駆け出していった。
「あなたっ!!」
遠くから駆けてくる女性の姿に少し顔を赤らめて笑った。
「どうしたんだい?君が朝早くに外にいるなんて。」
「天気がよかったから、外で朝食を食べようと思って薫と出てきたの。」
「へぇ、薫はまだ君の事をおばさまって言ってるの?」
「まだ、お母様とは言ってくれないみたい。」
遠くで二人は抱き合っているのを、横目で見ながらメイドのリーナは薫の前で朝食の準備をしていた。
「ねぇ、リーナ。」
「ん?どうしました?薫様。」
「タイミングがつかめないんだけど、どうしたらいい?」
「何の話です?」
突然、言われた言葉に疑問を感じながら執事の方を見た。
「僕まだ、あの人に『お母様』って言えないんだ。」
「あぁ。だったら、あそこで抱き合って戻ってこない旦那様と奥様を呼びに行ったらどうですか?タイミングがつかめないのなら。そう思うでしょう?執事様。」
「いいアイデアですね。さぁ、奥様をお呼びになってください、薫様。」
「う、うん。」
顔を真っ赤にして、薫は椅子から降りて駆け出した。
初めて『お母様』って言えるんだと心を躍らせながら・・・・・
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