人形
「あ、あの・・・・」
「ん?なぁに薫?」
「あ、・・・・・・・」
抱き合っている夫婦を目の前に、薫は声をかけたがしゃがんで顔を覗き込んでくる彼女にビクビクしていると、上から声がかかった。
「そんなにしていると、いつまでも薫が話しづらいじゃないか。」
「そう?」
夫の声に振り向くとキョトンとした。
そのスキに薫は、思いっきり大きな声で早口で言った。
「リーナが朝食の用意が出来たから食べないのですか?だそうです、お母様。」
とりあえず、何を言ったか自分で分からなかったが、目の前で嬉しそうなお母様の顔を見ると自然と笑顔になった。
「まぁまぁまぁ・・・嬉しい!貴方聞いてくれたかしら。薫が私の事を『お母様』って。ねぇ、聞いてたの?」
「きちんと聞いていたよ。薫、私のことは言ってくれないのか?」
「ううん、僕はここの子になったから、いつでも言えるよ。お父様。」
「そうか。じゃぁ、リーナご自慢の朝食を食べるとしよう。」
薫は二人の間に入ると、手をつないでリーナや執事が待つ場所に歩いて行った。
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「今日は何をして遊ぶんだい?薫。」
「それより、お父様今日はお仕事じゃなかったんですか?」
さきほど、頭を掻いて笑いながら戻ってきていたのを思い出した薫は言った。
「あ?あぁ、今日は休みなのを忘れていてね。仕事場に行って思い出したんだ。」
「あらあら、役所はお休みでしたの?」
「本部は開いているよ。私が働いている場所が休みなんだよ。最近変な事件が多くてね、体調を崩した奴が増えてね、長期休暇に入ったんだ。」
自分で休みにしたのを忘れたんだ。と笑いながらお父様はしゃべった。
もぐもぐと朝食を食べていたお母様は、口元についたパン屑を拭き取ると、勢いよく水を飲み干した。
「けほっ、けほっ、貴方まさか現場に出ているんじゃないんでしょうね?」
「おいおい。息を吸いながら水を飲まないでおくれよ。大丈夫かい?」
「え、えぇ。最近どこかの研究員が怪しげな実験を繰り返してるし、薫ぐらいの年頃の子が消えて消えていっているんでしょう?怖いわ。」
お母様は、顔を真っ青にして言った。薫はキョトンとしていたが、両親の話が何となく恐い話なんだと思い少し身震いをした。
「こらこら、君がそんな真っ青になって話すから、薫が怯えているじゃないか。」
「あ、ごめんなさいっ!!薫、ごめんなさいね・・・怖かったでしょう?何かあってもきっとお母様が守ってあげますからね。」
「君に守れるかなぁ・・・・」
「何ですって!?貴方!!」
おろおろしながら薫の前でしゃべっていた彼女は、夫の言葉に笑いながら追いかけていった。
「加野・・・お母様とお父様は仲良しなんだね・・・・。」
「本当にバカらしいほど。」
はぁ。とため息をついてよいしょと椅子に座った。
「エリナ奥様は幼い時から、明るくていい子なんですけど病弱のくせに、あぁやって走り回るわ、太陽のギラギラした日に外へ出られるわ、ヒューイ様とご結婚されても変わらないわ、こっちの気が気じゃなんですけど・・・。」
また、はぁ。とため息をつくと、向こうのバラ園からお母様を抱えて戻ってくるお父様の姿を見て、バタバタと駆けていった。
「執事さんも大変なんだね・・・」
慌てて走っていく執事の後ろ姿を見ながら、薫はクスクス笑いながら呟いた。お父様は、汗びっしょりで肩で息をしていたが、水のいっぱい入ったコップを渡すと勢いよく飲み干した。
「・・・ふぅ、ありがとう、薫。まったく君も自分の体の事を少しは大事にしてくれないか。こないだみたいに僕の目の前で昏倒しないでくれよ?」
「えへ・・・・今日は貴方が早く走ったせいよ。薫が私にお母様って呼んでくれたから、はしゃいじゃったかも。」
「おいおい、薫のせいにするのかい!?まいったなぁ・・・薫、母様が薫のせいだって言ってるぞ?」
二人が嬉しそうに笑いながら言うので薫は、照れくさくなって執事の後ろに隠れた。
「まったく、あはははじゃないんですよ!!奥様!!」
加野は声は怒ってはいたが、少し笑って彼女を抱え上げると、庭に面したバルコニーへと入っていった。
「まったく彼女のおてんばにはまいるなぁ・・・薫?」
「ふへっ??」
執事を見送っていた薫は、突然声をかけられ変な返事をした。
「っはっはっはっは。」
「?」
「すまん、すまん。」
「???」
「薫が変な返事をするから、つい・・・・」
身をよじりながら彼は、笑っていた。薫はきょとんとしつつ、何となくさっき変な返事を返したような気がして顔を真っ赤にした。
「お父様?」
「っはっははは、はぁ、はぁ・・・今日は何の遊びをする?」
「んー。バラ園に行きたい。」
うーんと唸っていたが、
「バラ園?あぁ、珍しいバラが届いたって庭師が言っていたな。よし、見に行くか。」
さっと立ち上がり拳を振り上げてポーズを決めた。が、膝をテーブルに打ち付けたらしく、彼の顔がだんだん痛そうな顔になった。
「お父様大丈夫!?」
「ははは、僕もすこしはしゃいでいるようだ。」
薫はニコニコしながら、食べかけていたホットケーキを食べ、ジュースを飲み干すと、
椅子からピョンと飛び降りて父親の腕にガシッとくっついた。
「もういくのか?早いな。ちゃんとよくかんで食べたかい?」
「うん。」
「じゃぁ行くか。リーナ、片付けたのむよ。」
「はい、旦那様。」
執事と入れ替わりでやってきていたリーナは、薫の頭をなでると旦那様の方を向いて軽く頭を下げた。
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