人形
「僕が、ここのおうちに来たときお父様はどうして泣きそうな顔をしたんですか?」
バラ園の方に歩いていた薫は、ふと父の顔を見上げて言った。
「えぇ?そんな顔をしていたかい?そうだなぁ、薫がまだ生まれて間もない頃に心臓に疾患があると言われて、そのうち歩ける様になってここに来る前に大変な大手術をしたって聞いていたから何だか嬉しかったんだよ。」
「病気だから?」
「違うよ、君を産んだお母様が自分の命と引き換えに産まれて来た子が、僕等の家族になるんだと思うと、いてもたってもいられなくてその場で抱きつてしまったんだよ。」
彼はにこにこしながら、薫を抱え上げた。
「でも、お父様は最初僕みたいな子じゃなくて、もっと別の子を捜していたって」
「誰に聞いたの!?」
薫の言葉に彼はびっくりした。
「おじさん。」
「おじさん??あぁ、薫を紹介してくれたおじさんね。彼は僕の遠い親戚にあたる人なんだけどね、父・・・じゃない、薫のお祖父様と仲が良くてね、研究者なんだ。彼のお父様も科学者でナントカって言う研究をしてらっしゃるんだけど、まぁそれはどうでもいいや僕は女の子が欲しかったんだけど、あの頃は女の子がいなかっただろう?」
「うん。皆急に居なくなっちゃった。」
「だから、他に男の子でも良いからって捜していたんだ。そしたらお母様が薫見て気に入ってね・・・だから、彼女がお母様って呼んでもらえるのが楽しみで仕方なかったんだよ。」
薫を抱きかかえたまましゃべっていると、辺り一面に広がるバラ園にたどり着いた。
「さぁついたよ。あぁ・・・・」
「?どうしたの?」
「リーナを連れてくればよかった。」
「どうして??」
薫はがっかりした声で呟く父を見て、首を傾げた。
「バラの花びらでジャムやゼリーを今日の夕食で食べたいなぁと思ってね。」
「ふぅ〜ん。あ、ルー発見!!」
薫は赤い八重咲きのバラの隙間から見える青いシャツの男の方へ向かって走りだした。
「ルー!!おはよう!!」
「んあ?・・・おはようございます。薫様。」
「おはよう、ルー。マスターはどこにいるんだい??」
「あ、おはようございます。ヒューイ旦那様、マスターですか?今日は腰を痛めて小屋で休んでますよ?それより、旦那様仕事には行かれなくて良いんですか?」
薫の後ろから、にゅっと出て来たヒューイにちょっとびっくりしつつも、何でお仕事の日に旦那様がいるのか分からずに、目をぱちくりさせながら聞いた。
「マスターはぎっくり腰か?」
「えぇ、昨日珍しい花が入ったからって、一人で苗入れを抱え上げて・・・」
はぁ。とあきれかえった顔をしてマスターのいる小屋へ、ヒューイを連れて行った。
その頃、薫はルーと幼なじみで赤い髪をした女性の方に走っていっておしゃべりをしていた。
「あら、珍しい。旦那様がいるじゃない。どうしちゃったの?さっき、奥様がフラフラになりながら、ここの前を通り過ぎるのをみたけど。」
「お父様とお母様が追いかけっこしたんだよ、ジュリア。」
「へぇ。エリナ奥様がねぇ・・・・ってえぇぇ!?・・・あぁあ、加野さんが大変だね。あ、そうだ。さっき幸太郎が捜していたよ。何でも電報だとか。まぁ、あとであいつが直々に持っていくだろうから、薫が言わなくてもいいとは思うけど。」
「こらっジュリア!!呼び捨てにするんじゃないよ。」
「はいはい。ママがうるさいから、薫あっちに行こうぜ。」
「ジュリアァッッッ!!」
バラの植木鉢の向こうから甲高いジュリアを怒る声を出して、ハサミをジョキジョキ鳴らしながらママは叫んだ。
「ねぇ、ジュリア。どうしてミセス安津子をママって呼ぶの?」
ジュリアのあとを彼女と同じ方に走りながら、薫は言った。
「え?何でって・・・・何でだろ、皆が言っているから?」
どうしてだろう?と言いながら立ち止まって考えたらしいが、どうやら理由は分からなかったらしい。
「まったく、起きなくてもいいから、苗はどこなんですか!!」
「あら。旦那様は小屋の中?」
「みたいだね。何か新しくて珍しい苗が来たっていうから、見に来たんだけど見かけないなぁって。」
「新しい苗??」
「うん」
ジュリアは持っていたハサミを腰に付けていた道具入れに押し込むと、恐い顔をして小屋に向かって歩き出した。
「え?どうしたの??」
薫は慌てて彼女の後を追った。
「こんのくそオヤジっっっ!!」
「!?」
勢いよく小屋の扉を彼女は蹴破って入って来た。
「ジュ、ジュリア!?」
「やほージュリアどうしたんだい?」
マスターの顔が少し焦っている様に見えた。
「やほーじゃないっ。見た事ないやつがあるなぁと思って捨てたけど、またあんたか。」
「ちょ、ちょっとどうしたの??」
ルーとヒューイは慌てた。
「旦那様っ!!このオヤジ、庭師の間で噂になってる化け物花を飼いやがったんです。」
「化け物花??何だいそれは。」
「薫様ぐらいの小さな子供を食べる悪魔のような植物ですよ。何かどっかの研究室から流れ出て来ているらしくて、
今皆が躍起になって焼却処分をしている植物です!!」
「えぇぇぇぇ!?」
「じゃぁ最近の事件はその花が犯人!?」
「さぁ、それはわかりませんけど、およそ3割はそれのせいだって、町の連中が・・」
少し怒りが収まってきたのかジュリアは、徐々に落ち着いた表情を見せごにょごにょとしゃべった。
「ほぉ、マスターは薫が被害に遭ってもいいと思ったんだな。」
「い、いえ・・・そんなつもりは。」
「どんなつもりだね?私はバラの苗だと君に聞いたんだがね??」
ずずいとマスターのもとに顔を寄せると、ヒューイはマスターの胸ぐらを掴んで言った。
「あ、え、あ・・・わ、私の趣味で・・・・」
「趣味で。・・・・じゃぁないでしょうがっ!!オヤジっここはあんただけの庭じゃないのよ!?雇われ庭師が自由にしていい訳ないでしょ。」
ジュリアは仁王立ちでさっき安津子がしたように、腰に挿していたハサミを取り出すと、ジョキジョキ言わせながら怒った。
「ジュリア・・・君はそのハサミで何をする気だい?」
ヒューイは、驚きながら彼女を見ながら言った。
「オヤジ自慢のしっぽ髪を切り落とす!!」
「だ!だめぇぇぇぇ!!!!。」
マスターは後ろに縛った長い髪を両手で隠す様に覆った。
「ねぇ。マスタ?僕にも嘘をついたの?」
妙な空気を破ったのは泣きそうな顔と声で、上半身を起こしているマスターの膝元で上目づかいで言った薫だった。
「え・・・あ・・はい。で、でも、バラの苗はちゃんと今日届くんですよ?」
薫の泣きそうな声に慌てて正直な事を言ったが、さらに泣きそうな顔をみていい訳のような弁解の言葉を言った。
「そう・・・お父様。僕、お母様の所にいます。それと、さっき幸太郎さんが捜していたそうです。」
「ん。わかった。マスターがまた妙なものを買わない様にルーかジュリアが、買い付けの時はついていきなさい。あとその売ってきたブローカーが何者なのかも今から君達が問いつめてあとで報告しなさい。」
「あ、はい!!」
ヒューイの圧倒的な威圧感に二人は返事をするとその場で固まってしまった。
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