「最後の晩餐だ。噛み締めるように食べるといいさ。」
アゲハは使用人の男が扉の所で囁くように言った言葉に驚いて振り返った。
「!?」
「どうしたんだい?アゲハ。君なら、ミルクぐらいは飲めるだろう?」
「んあ?ううん、何でもない。ミルク?うん、飲む。」
嬉しそうに椅子から飛び降りると、パタパタと駆け寄って来た。
そして、ちょこんと僕の足の上に座ると、声をあげて笑った。
「あれ?アゲハ様。自分の席に戻ってください。薫様の邪魔になるでしょう?」
薫の横でグラスに水を注いでいた男が、慌てて声をかけた。ぷすっとした顔をしたが、仕方ないという顔で僕の上から降りるとトコトコと走ってもとの席に座って、うんしょうんしょとミルクの入ったコップを持って、飲みだした。
と、ちょうどその時叔父上が凄く真剣な顔で、何か書類を見ながら席に付き、食事を始めた。そして、少し一生懸命ミルクを飲んでいるアゲハの方を見ると意味ありげな笑みを浮かべた。
「どうしたんですか?叔父上?今日は客人とお食事をされるんじゃ。」
「ん?あぁ、客ならあと小一時間かかるらしくてな。それにしても『人形』とはいえ、
あぁいうふうにしていたら、普通の子供だな。そうだ、明日暇があるか?」
「えぇ、どうかしたんですか?」
「あぁ、その『人形』を養女として迎えようかと思ってね。」
「え?急にどうしたんですか。」
食べながら、モソモソとしゃべる叔父上の言葉にびっくりした。
「ほんとですか?!」
「あぁ。」
「アタシ、ここの子になれるの?」
アゲハは飲みほしたグラスをテーブルに置くと、嬉しそうに笑った。
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食べ終わった薫と飲み終わったアゲハは、手をつなぐと嬉しそうに食堂をあとにした。
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「うわぁ、嬉しいなぁ、僕に妹が出来るんだ。アゲハ、君はもう『人形』でなくていいんだ。」
ふと、食堂から聞こえる叔父の笑い声に不安を薫は覚えた。
「いいんですか?あんな期待させるようなことを言って。」
「ははは。いいさ、何の為にあの子を買い取ったんだ。薫の心臓に移植したのも私だ。
あいつは自分の子供達の手で磔にされて死んだ。」
ドキリとした。その話は古美術商の店主しか知らないはずだ。
「サトハは今もまだ生きている。あいつのおかげでサトハは生きている。
妹に対する異常な愛情を知ったあいつの囁きで、サトハは自分の父親を殺したんだ。
母親は発狂して死んだ。異常なのは、アレだけではない。」
「は?」
「薫はあいつの子供だ。サトハとアゲハの間に出来た子どもだ。」
薫とアゲハは食堂の扉の前で固まって手をつないで震えていた。
兄妹ではなかった僕らは親子だったんだ。
自分が叔父が引き取ってくれるまでいたあの暖かい家族を想い薫は、涙を流した。
「あの暖かい家族は、僕の目の前で火柱になった・・・・」
薫は、あの日の事を思い出して小声で呟いた。
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「さぁ、薫くーん。どこにいるのかなぁ??」
ぬいぐるみがたくさん乗っている大きなベットの布団をめくりながら、あちこち男の子の服を持ったメイドが捜していた。
「もう、あの子ったらかくれんぼが好きね。」
毎朝繰り返されるかくれんぼに少し口元をほころばせながら、柊の葉をモチーフにした洋服ダンスや、金の装飾のついた椅子や机の下を覗きこみながら中々見つからない男の子を捜していた。
「はぁ。もう降参よ。早く出ていらっしゃい。朝食が冷めて奥様に怒られちゃうわ。」
「んー。」
「?どこに居るの?」
ゴソゴソとぬいぐるみの下から頭を雀の巣のようにした男の子が、這い出てきて大きく伸びをした。
「おはよう、リーナ。」
「えぇ、おはようございます。さぁ、その頭を綺麗にしてこの洋服に着替えてね。
もう、貴方楽しんでいるでしょう?」
はぁ。とため息をつくとゴソゴソ着替えている男の子の脱いだ服をとると、
ぶちぶち文句を言いながら持ってきていたカゴに放り投げた。
「うん。まだ、僕を見つけられないんだね。」
男の子は着替え終わると自分の髪を整えているリーナにニコニコと鏡越しに笑った。
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コンコン
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「はぁーい。」
「リーナさん?うちの坊やは起きたかしら??」
男の子の髪に櫛をさしたまま、ドアに近づいて開けた。
「あらあら、貴女も毎日苦労するわね。」
男の子の髪にささっている櫛を見ながら入ってきた女性は、クスクスと笑った。
「お、奥様。すみません、また薫様が朝から隠れていらして探し出すのに苦労してて・・。」
バタバタと慌ただしくしゃべりながら、男の子の髪を整えると後ろに一歩下がり頭を下げた。
「いいえ。あの人は仕事で早くに食べて出て行ったけど、私は急ぐ事がないから、薫と食べようかなと思ってきてみたの。それにメイド達が薫を起こすのに苦労するって言っていたでしょ?一体どんなものかしら。と思っていたのだけれど、一足遅かったみたいね。」
「はぁ。」
「それにしても、今日はいい天気ね。」
女性は窓の近くに行くと勢いよく窓を開けた。
勢いよく開けられた窓からは、朝日が差し込み一気に部屋は明るくなった。
少し風が吹いているらしく心地よい風が男の子のほほを撫でていった。
「さぁ、朝食を食べましょう?気持ちのいい朝だから、リーナ。外で食べたいわ用意してちょうだい。」
女性は薫の手を引くと部屋を出て行った。
「かしこまりました。」
「君はいつも大変だな。」
部屋の前に黒服を着た初老の男が言った。
「執事様。いついらしたんですか?」
リーナはびっくりしたように聞いた。
「さっきからいたよ。奥様が扉を叩く時から。」
「はぁ。」
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